LOGIN泣き疲れ、ゆっくりと立ち上がるソリス――――。
戦いの興奮が冷めるにつれ、勝利の異様さが胸に刺さった。何度も死に、それでも生き返った自分。まるで物語の主人公にでもなったような非現実的な勝利に、倒した|赤鬼《オーガ》に申し訳なく思ってしまうくらいだった。
ソリスは大きくため息をつき、ステータスウィンドウを空中に広げてみる。
ーーーーーーーーーーーーーー ソリス:ヒューマン 女 三十九歳 レベル:55:
:ギフト:|女神の祝福《アナスタシス》
ーーーーーーーーーーーーーーいつの間にかレベルが40から55にもなっていたことにも驚いたが、ギフトの項目の【|女神の祝福《アナスタシス》】に目が留まった。
もしかしたら、これが死後の復活を行ってくれたのかもしれない。
今までこれがどんな効果を持つのか分からず、ソリスは長年疑問に思ってきたのだった。女神を|祀《まつ》る教会で聞いても『前例がない』と、一蹴されていた謎のギフト。まさか死後に復活し、なおかつレベルアップもしてくれるチート級のギフトだったとは全く分からなかった。
「早く気づいていれば……」
ソリスはがっくりと肩を落とす。
自分のことを死なせまいと必死に頑張ってくれていた仲間。しかし、それが逆にギフトの把握を遅らせ、結果、仲間を失うことになってしまったという皮肉に、ソリスはやるせなく動けなくなった。
「自分が先に死んでいたら……」
亡き仲間たちへの思いが胸を圧迫し、ソリスは悲しみの|雫《しずく》を一つまた一つと|零《こぼ》した。
◇ 時は二十数年さかのぼる――――。まだ十六歳だったころ、孤児院の院長からメイドの仕事を紹介してもらったソリスは、面接で仕事先のお屋敷に|赴《おもむ》いた。
「ほう、なかなかいいじゃないか。男性経験はあるのかね?」
最終面接で出てきた雇用主の男爵は、|顎髭《あごひげ》をなでながらいやらしい目でソリスの身体をなめるように見回した。
いきなりのセクハラ発言にドン引きのソリスは、ギリッと奥歯を鳴らす。
「メイドのお仕事と聞いてここに来たのです。性的なご奉仕は一切やりません」
「何言ってるんだ……。『お手付き』こそ、メイドの本懐だろ?」
男爵はニヤリといやらしい顔で笑いながらソリスに近づくと、胸をむんずとつかんだ。
キャァァァ!!
ソリスは金切り声を上げ、男爵の頬を全力で張り倒す。
パァン! と、派手な音が部屋に響き、男爵の頭からカツラが吹き飛んだ。
ぐふぅ!
あまりの衝撃にしりもちをついてしまう男爵。
あ……。
ソリスはやりすぎたと立ち尽くしてしまう。だが、誰にも触らせたことの無い胸を勝手につかんだ罪は実に許しがたく、謝るつもりはなかった。
「お、お前……。どこにも就職できないようにしてやるからな! 覚えてろ!!」
真っ赤になってカツラを拾い、慌てて退場していく男爵は去り際に捨て台詞を残していったのだった。
後に『光沢事件』と、伝説になったそのスナップの効いた盛大なビンタは、ソリスの未来に大きな影を落としてしまう。
決してやましいことをやった訳ではないソリスは、激怒する院長にも|毅然《きぜん》とした態度を貫いたが、特権階級の貴族に歯向かった者にはまともな就職先などない。あちこち頼みに行ってもみんな報復を恐れてとても受け入れてくれなかった。結果、万策の尽きたソリスは冒険者の道を歩むことになる。
◇ 正しいものがバカを見る世の中に絶望していたソリスは、着古したグレーのパーカーを雑に|羽織《はお》り、仏頂面で冒険者ギルドの初心者講習会に来ていた。冒険者というのは街を守ろうと燃える正義感あふれる者たちだけでなく、まともな仕事に就けなかった者の最後の砦にもなっており、明らかにヤバい社会不適合者たちも多く見受けられる。その講習会に、後にパートナーとなる新人女性冒険者、フィリアとイヴィットも参加していた。それぞれスラム育ち、貧乏な農村育ちで貧しい身なりをし、人生に絶望した死んだ魚のような目をして講師の話を聞いている。
ソリスはそんな二人に同族嫌悪に似た不快感を感じ、目を合わさないようにフードを目深にかぶった。
しかし――――。
「それじゃ、周りの人とパーティーを組んでください!」
この講師の一言にソリスの心臓が早鐘を打つ。周りを見回せばみんなすぐに相手を見つけどんどんパーティが組まれて行っているのだ。
陰気なフードの女なんて誰も声をかけてこない。オロオロしながら焦りばかりが募る中、嫌な予感通り、最後に残されたのが絶望に塗りつぶされた三人娘だったのだ。
あまり者パーティ。周りの視線が痛い中、ソリスは絶望に駆られて二人をにらみつけた。
「講習の時だけだからな!」
「何その上から目線? 陰気でイケズ……、|拙者《せっしゃ》も願い下げでゴザルよ!」
フィリアは丸眼鏡をクイッと上げながら、怨念のこもった目でにらみ返した。
「陰気な方たち……、ケンカ……、しないで……」
イヴィットはオロオロしてしまう。
「あんたも陰気やろ!」「お前もな!」
最悪の出会いだった――――。
◇ いよいよダンジョン内での実習となり、組んだパーティで半日かけて魔物を倒していく。「あまり者は死んで迷惑かけんなよ! ハハッ!」「お前ら向いてねーぞ!」「はっはっは! |違《ちげ》ぇねぇ」
出がけに心無いスカした男どもにからかわれても三人は無視し、無表情でやり過ごす。たとえ向いてなかろうが、三人ともこれで生きていかねばならないのだ。
三人は言いたいことをグッと押し殺し、淡々と戦略を練り、言葉少なに粛々と作戦を遂行していった。
「冷静にやるべきことを淡々と、いいね?」
ソリスは講師から教わったポイントを二人に言い含める。
「分かったでゴザル……」「はいな……」
後がない二人は初めての実戦に緊張を浮かべながらも、しっかりとした目でうなずいた。
魔物を見つけたら静かに近づいてイヴィットが弓を放ち、フィリアにバフをかけてもらったソリスが突っ込んでいって大剣で一気にとどめを刺す。
敵が大物だったり、三匹以上いる場合は先制攻撃にフィリアも参加して着実に狩っていく。
三人とも根は真面目で、一人で淡々と練習してきた成果が一気に花開き、自分たちも驚くほど順調に魔物を倒し続けた。
◇ 夕方になり、みんなが戻ってくる――――。「えっ!? これ全部あなたたちが?」
魔物を倒した証拠でもある魔石の量をチェックしていた講師は、三人が取ってきた魔石の山にビックリして目を丸くした。
「そ、そうですが何か問題でも?」
ソリスは何を驚かれているのか分からず、首をかしげる。
「おぉ……」「マジかよ……」「なんであいつらが?」「インチキしたんじゃねーの?」
参加者たちがどよめいた。
どうやら他のパーティはわれ先に魔物に突っ込んでいって自滅したり、作戦を無視したり、途中で仲たがいするなどしてまともな成果が出ていないようだった。
要は冒険者候補生には協調性があって自制心があるような人が少ないということらしい。
「いやぁ、素晴らしい! 実習の最優秀パーティは君たちだ。パーティ名は?」
皮鎧を着た中年の講師は嬉しそうに三人に聞いた。
「パ、パーティ名……?」
三人は予想外の質問にお互い顔を見合わせた。
『講習の時だけ』と、|啖呵《たんか》を切っていたソリスはキュッと唇を噛んだ。冒険者でやっていく以上パーティは必須だ。そして、組むのであればもはや彼女たち以外考えられなくなっていた。
ソリスは大きく息をつくと頭を下げる。
「ゴメン! これからもお願いしたい。いい……かな?」
フィリアはクスッと笑う。
「最優秀パーティを崩すこともないってことでゴザルよ。ねぇ、イヴィット殿?」
「うん……。お願い……」
「あ、ありがとう……、よろしく……」
ソリスは二人をギュッと抱きしめた。
就活に失敗し絶望の淵に沈んでいたソリスの心に、一筋の光が差し込んでくる。それは、暗闇に閉ざされていた未来を照らす希望の光だった。ようやく掴んだ光明に、ソリスは二人を抱きしめる腕に力を込めた。こぼれ落ちる涙は、これまでの苦しみと、これから始まる新しい未来への期待に満ち溢れていた。
二人の頬にも、同じように熱いものが伝う。冒険者としての夢が叶わなければ、もはや娼館に身を落とすしかないのだ。そのギリギリのところでつかんだ光明。ようやく手に入れた希望の光に、三人の心はひとつになった。
「『プリムローズ』なんて……どう……かな?」
イヴィットがボソッと言った。
「え? パーティ名が花の名前?」
ソリスが涙をぬぐいながら聞き返す。
「そう、ちょっと地味で、小さな花だけど。集まると可愛くて……」
「あたしらみたいでゴザルな! ハハッ」
フィリアはニヤリと笑ってイヴィットの背中をパンパンと叩いた。
「いいじゃない! 決まり! そう、私たちは|華年絆姫《プリムローズ》よ!」
ソリスは二人の手を取り、顔を見ながらパーティ名を高らかに宣言した。
「よろしくね……」「楽しくなってきたでゴザルよ!」
こうして始まった三人の冒険者生活。
それから二十三年、結局誰も欠けることなくこのパーティ|華年絆姫《プリムローズ》の縁は続き、もはや家族同然となっていったのだ。
三人とも『男性と家庭を持って子供と暮らす』というこの世界の常識に惹かれる部分が無かったと言えばうそになるが、三人でいる居心地の良さに流され、結局アラフォーにまで至っていた。
中は話に聞いた通り闘技場のような広大な広間となっており、壁沿いの柱列に配置された魔法のランタンが一つずつ火を灯し始め、ゆっくりと神秘的な明かりで空間を満たしていった。 まるで遥か古の魔術が目覚めるかのように、広間の中央で黄金の輝きを放つ魔法陣がゆっくりと姿を現す。その輝きの中心から、まるで大地の怒りを体現するかのように、|赤鬼《オーガ》が威風堂々と立ち上がる。その血のように赤い肌、頭部から勇ましく突き出た二本の角は鬼の王者としての誇りを示していた。「あ、あれが|赤鬼《オーガ》でゴザル……か?」 フィリアの心臓が、|赤鬼《オーガ》から放たれる威圧的なオーラに震えた。その存在感は、これまで立ち向かってきたどの敵をも凌駕し、まるで暗黒の渦に飲み込まれそうな圧迫感があった。 熱い決意で挑んだボス戦。しかし、目の前に立ちはだかる想像を超えた強敵に、三人の心に恐れの影が忍び寄る。三人の額を浮かぶ冷汗は、内なる動揺の証だった。「ビビっちゃダメ! あれに勝つの! 私たちはあいつより強い! いいね?」 ソリスはバクンバクンと高鳴る心臓に浮足立ちながらも、フィリアの手をギュッと握り返す。「私たち……、あれより強い……の?」 すっかり雰囲気にのまれてしまっているイヴィット。「強い! 勝てる! |華年絆姫《プリムローズ》は常勝無敗よ? この世界は強いと信じたものが勝つの! 信じて!」「わ、分かったでゴザル……強い……強い……」「そう、強い……勝てる……」 フィリアもイヴィットもギュッと目をつぶり、ブツブツと自分に暗示をかけていく。 いよいよ三人の人生をかけた命がけのチャレンジが始まる――――。 身長三メートルはあろうかという、巨大な筋肉の塊である|赤鬼《オーガ》はいやらしい笑み浮かべ、三人娘を|睥睨《へいげい》した。 グフフフ…
「な、何階だって関係ないでしょ!」 ソリスはギリッと奥歯を鳴らし、叫ぶ。「何その小汚いぬいぐるみ? 貧乏くさっ!」「いい歳してガキみたい」「ダッセェ! キャハハハ!」 |幻精姫遊《フェアリーフレンズ》たちはソリスのリュックについたぬいぐるみを嗤う。 ブチッ! と、ソリスの頭の中で何かが切れる音がした。 確かに彼らのバッグについているバッグチャームは、金属でできた高価なブランドものではあったが、イヴィットの想いのこもったぬいぐるみを馬鹿にされるいわれなどなかった。「小娘! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!?」 ソリスは頭から湯気を上げながらツカツカとリーダーに迫る。「あら、オバサン。冒険者同士のケンカはご法度よ?」 ジョッキのリンゴ酒を呷りながら立ち上がり、ニヤニヤ笑いながらソリスの顔をのぞきこむリーダー。「お前が売ってきたケンカでしょ!?」 ソリスはガシッとリーダーの腕をつかんだ。「痛い! いたーい! 助けてー!! 誰かー!!」 急に喚き始めるリーダー。「な、何よ……。腕を持っただけよ?」 何が起こったのか分からず唖然とするソリス。「何やってるんだ!」 奥の方から金色の鎧を身に着けた若い男が飛んできた。「助けて、ブレイドハート!!」 リーダーは涙目になって訴える。「お前! 何してる!!」 ブレイドハートと呼ばれた男は二人の間に入るとソリスの腕を払った。この男はまだ十八歳の若きAクラス剣士で、ギルドではトップクラスのホープだった。「な、何って、彼女がケンカ吹っ掛けてくるから……」「痛ぁい! 骨が折れたかも……」 リーダーは腕を抱えてうずくまる。「おい! 大丈夫か? ヒーラー! ヒーラーは居るか!?」「いや、私、ただ、腕を持っただけなんだけど?」「何言
運命の日、前日――――。 時は|赤鬼《オーガ》戦勝利の日から一週間ほどさかのぼる。 茜色に染まる空の下、ダンジョンの暗闇から|這《は》い出すように帰路につく三人。石畳の大通りを歩む彼女たちの足音は、重い疲労と共に夕暮れの街に響いていた。「はぁ~、この歳に肉体労働は疲れるわ……」 ソリスは|凝《こ》った肩を指先で軽く揉みながらため息をつく。「ソリス殿! 歳のことは言わない約束でゴザル!」 黒髪ショートカットのフィリアは、年季の入った丸眼鏡をクイッと上げて口をとがらせる。自分は言わずに必死に我慢している分だけ、不満は大きい。「ゴメンゴメン。最近は不景気で魔石の買取価格が下がっちゃってるから、こんな時間まで頑張らなきゃならないのよねぇ」「不景気……、嫌い……」 冒険の勲章のように、汚れが目立つモスグリーンのチュニックを着たイヴィットは、凝り固まった首筋をゆっくりと回した。疲労を訴えるポキポキという音が響き、続く不満げなため息は、今日の重労働を雄弁に語っていた。 夕暮れの大通りには多くの店がにぎわい、美味しそうな肉を焼く香りも漂ってくる。「不景気だっていうのに、お金持っている人は持っているのよねぇ……。もっとダンジョンの奥まで……潜りたくなるわ」 ソリスは足を止め、繁盛している焼き肉屋をにらんだ。「ソリス殿! 『安全第一』がうちらのモットーでゴザルよ!」 フィリアはすかさず突っ込んだ。|華年絆姫《プリムローズ》は二十三年間、無事故で無事にやってこれている。それは『安全第一』を徹底していたからだった。 同期のパーティーはすでに全滅したり、メンバーを|喪《うしな》って解散したりしてもはや一つも残っていない。それだけ冒険者稼業は危険で過酷。少しでも欲をかいた者をダンジョンは許さない。調子に乗って奥まで進み、気がつけば身の丈を超える状況に追い込まれ、消えていくのだった。「分かってるって。『安全第一』……。でもたまには焼肉も食べたいのよ……」 うつむきながら漏らす本音に、フィリアもイヴィットも何も言わなかった。「はぁ、やめやめ! 魔石を換金して夕飯にしましょ!」 ソリスは気丈に歩き出す。 しかし、その足はすぐに止まってしまった。水色が鮮やかな新作のチュニックが綺麗にライトアップされていたのだ。マネキンが身に|纏《まと》ったチュニックは、まる
泣き疲れ、ゆっくりと立ち上がるソリス――――。 戦いの興奮が冷めるにつれ、勝利の異様さが胸に刺さった。何度も死に、それでも生き返った自分。まるで物語の主人公にでもなったような非現実的な勝利に、倒した|赤鬼《オーガ》に申し訳なく思ってしまうくらいだった。 ソリスは大きくため息をつき、ステータスウィンドウを空中に広げてみる。ーーーーーーーーーーーーーーソリス:ヒューマン 女 三十九歳レベル:55 : :ギフト:|女神の祝福《アナスタシス》ーーーーーーーーーーーーーー いつの間にかレベルが40から55にもなっていたことにも驚いたが、ギフトの項目の【|女神の祝福《アナスタシス》】に目が留まった。 もしかしたら、これが死後の復活を行ってくれたのかもしれない。 今までこれがどんな効果を持つのか分からず、ソリスは長年疑問に思ってきたのだった。女神を|祀《まつ》る教会で聞いても『前例がない』と、一蹴されていた謎のギフト。まさか死後に復活し、なおかつレベルアップもしてくれるチート級のギフトだったとは全く分からなかった。「早く気づいていれば……」 ソリスはがっくりと肩を落とす。 自分のことを死なせまいと必死に頑張ってくれていた仲間。しかし、それが逆にギフトの把握を遅らせ、結果、仲間を失うことになってしまったという皮肉に、ソリスはやるせなく動けなくなった。「自分が先に死んでいたら……」 亡き仲間たちへの思いが胸を圧迫し、ソリスは悲しみの|雫《しずく》を一つまた一つと|零《こぼ》した。 ◇ 時は二十数年さかのぼる――――。 まだ十六歳だったころ、孤児院の院長からメイドの仕事を紹介してもらったソリスは、面接で仕事先のお屋敷に|赴《おもむ》いた。「ほう、なかなかいいじゃないか。男性経験はあるのかね?」 最終面接で出てきた雇用主の男爵は、|顎髭《あご
「みんな……、絶対に|仇《かたき》を討ってみせるからねっ!」 金髪をリボンでくくったアラフォーの女剣士ソリスは、幅広の大剣を|赤鬼《オーガ》に向け、鋭い瞳でにらみつけた。 磨かれた銀色に|蒼《あお》の布が映えるソリスの|鎧《よろい》は、胸元がのぞき、魔法による高い防御力と女性の優美さを見事に融合させている。腰を覆う蒼い|裾《すそ》は、ふわりと揺れるたびに彼女の内に秘めた力強さを感じさせた。長年の手入れで磨かれた革ベルトには、熟練のしっとりとした光沢が宿っている。 グォォォォォ! ダンジョン地下十階のボス、|赤鬼《オーガ》はそんなソリスをあざ笑うかのように、にやけ顔で吠えた。身長三メートルはあろうかという筋骨隆々とした怪力の|赤鬼《オーガ》は、丸太のような棍棒を軽々と振り回し、ブンブンと不気味な風きり音をフロアに響かせている。 こんな棍棒の直撃を食らっては、どんな鎧を|纏《まと》っていても一瞬でミンチだ。ソリスは慎重に間合いを取る。 この地下十階の広大なフロアは、まるで荘厳な講堂のように広がる石造りの地下闘技場だった。苔むした石柱が立ち並び、かつての戦士たちの魂が今もなお息づいているかのような重厚な空気が漂っている。石柱に設置された魔法のランタンたちが柔らかく石壁を照らし、光と影が織りなす幻想的な風景が広がっている。 グフッ! グフッ! |赤鬼《オーガ》はソリスを闘技場の隅に追い込むように、棍棒を振り回しながら距離を詰めてきた。 そうはさせじとソリスは、棍棒の動きを見ながら横にステップを踏み、タイミングを待つ。前回、女ばかりの三人パーティで挑んだ時に、攻撃パターンは|把握《はあく》済みなのだ。 アラフォーともなると力も衰えてきて、同じレベルでも若い者からは大きく見劣りをしてしまう。しかし、そこは豊富な経験でカバーしてやると、ソリスは意気込んでやってきた。 ウガァァァ! しばらく続いた鬼ごっこ状態に業を煮やした|赤鬼《オーガ》が、大きく棍棒を振りかざしながら一気に距離を詰めてくる。 ここだっ! 待ち望んでいた一瞬が到来した――――。 ソリスは猫のように軽やかなステップで地を蹴り、迫り来る棍棒をぎりぎりで|掠《かす》めるようにして避けると、ギラリと輝きを放つ大剣で一気に腕を斬り裂いた。 グハァ! |赤鬼《オーガ》の|呻《うめ》きと共に鮮